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百年桜の緊急オペ 地域の力で再生へ

苫小牧市で桜が開花するのは、例年5月上旬から中旬ごろ。冷たい海風が吹く街では遅い春の訪れを、誰もが心待ちにしています。私たちNPO法人「樽前artyプラス」が拠点にしている苫小牧の樽前地区には、住民の皆さんが心を寄せる桜があります。児童約30人が通う樽前小学校のエゾヤマザクラです。樹齢約100年。校庭の真ん中に鎮座し、地域を見守り続ける「百年桜」は、この春、緊急の「オペ(手術)」を受けました。老木の命をつなごうと、百年桜を愛する人たちが集まり、作業に励みました。そんな春の一日の出来事をお届けします。

百年桜の歴史は学校の歴史でもあります。樽前小学校が開校した1922年(大正11年)、当時の児童たちが周辺の森のエゾヤマザクラの若木を校庭に植えたそうです。樽前地区から仰ぎ見る樽前山は、その13年前の1909年(明治42年)に噴火しました。山麓には火山灰が降り積もりました。小学校に植え替えられたエゾヤマザクラは、そのような厳しい自然環境に負けず、力強く自生していたのだと思います。

小学校は地域の中心にあります。樽前の暮らしを見守りながら百年桜は年輪を重ねてきました。花開く春には、児童たちが木の下で「お花見給食」を楽しむのが恒例。樽前小学校OBの樽前artyプラスのメンバーは、「校庭で野球をする時のホームランの目印だった」と振り返ります。数年前からは地元の「鴻野建設」さんが満開の桜のライトアップに取り組み、住民の皆さんが夜桜を楽しんでいます。

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オペの計画が動き出したのは、春先のライトアップの準備の段階でした。鴻野建設を営む鴻野一朗さんと2年前まで樽前小学校の公務補だった大西健吾さん(このページのトップ画像は大西さんの撮影です)が、老化により樹勢の衰えを隠せない百年桜を見上げながら「何とかしたいね」と話したそうです。

それからは電光石火でした。鴻野さんが交流のある苫小牧の「作田造園」さんに協力を呼び掛けました。そして、百年桜の「主治医」にも声が掛かりました。地元の樹木医の金田正弘さん。15年前、金田さんは腐食が進んでいた樽前小学校の桜を治療した経験がありました。

5月15日。鴻野さん、作田さん、金田さんらが桜の木の下に集いました。「桜を守りたい」という共通の思いを抱える人達。下見のような位置づけでしたが、すぐに本格的な作業に取りかかることになりました。その情報が地元で伝わり、PTAの有志の方なども駆けつけ、樽前artyプラスのメンバーも含め10人ほどが作業に励みました。

百年桜は根元から二手に太い幹が分かれています。共に幹回りは2メートル近く。校舎のある北側に伸びる幹の腐食が激しく、以前に金田さんが治療した際に、根元から人の背丈ぐらいの間の腐食部分にピートモスや炭などを加えた保護材を埋め込んでいました。

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その腐食部分は、以前に埋め込んだ保護材が剥がれて再び空洞化し、そして細い根が張り巡っていました。金田さんは、その新たな根の存在に「木がまだ生きながらえようとしている」と感じたそうです。

根が成長しながら幹を支える役割を果たせるように、細い根を適度に剪定し、新たな保護材を空洞に充填しました。弱った幹の負担を軽減するため、鴻野さんが手配した高所作業車を使って枝の剪定も行いました。切り落とした枝は、軽トラック1台分ほど。百年桜は散髪したようにスッキリとした姿になりました。

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幹や枝の傷んでいる部分に薬液を塗り、外周の土壌には肥料を加えました。幹を守るために麻布を包帯のように巻きました。朝から始まった作業は午後4時ごろまで続き、一日掛かりの作業でした。

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金田さんが以前に百年桜を治療した時には教育委員会から予算が出たそうです。今回は資材や車両の手配など掛かった経費は鴻野さん、作田さんが負担し、金田さんも手弁当で参加してくれました。樽前artyプラスのディレクター・藤沢レオと公務補の大西さんは、作業前に樽前の山林でタケノコ狩りをしていたので、鴻野さん、作田さん、金田さんにタケノコをお裾分け。地域への思いを地域の恵みで返礼する樽前らしい互恵の形でした。作田さんも金田さんも「地域のみんなが集まって作業できて、本当によかった」と話していました。

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作業の合間に幹の周囲に顔を出していたエゾヤマザクラの新芽をポットに移し替えました。参加した方々がそれぞれが百年桜の子どもたちを持ち帰りました。老いた桜を中心に、地域の関わりが深まったように感じます。

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術後の百年桜の状態はどうなのでしょうか。金田さんに聞きました。

「校舎側の幹は残念ながら強い風が吹くなどしたら倒れてしまうかもしれません。空洞になった木が生きながらえるための技術はまだありません。ただ、もう一方の幹は枝も含めてしっかりしている。樽前小の一本桜としてきっとこの先も長く残っていくでしょう」

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樽前小学校は2022年に開校100周年を迎えます。百年桜は樽前の1世紀のシンボルです。地域の大人たちが集まって桜の手当をしている様子を、数人の児童たちが遠巻きで気にかけながら校庭で遊んでいました。樽前の中心に桜がある風景が、末永く続いてほしいと心から思った春の一日でした。

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